90年代の終わりにキリンジのプロデューサーとして頭角をあらわし、以降、MISIA「Everything」、中島美嘉「WILL」、平井堅「Ring」など、数々のヒット曲を手がけてきた冨田恵一さんがセルフ・プロジェクト、冨田ラボをスタートさせたのは2年前のこと。これまでにキリンジ、松任谷由実、ハナレグミといったアーティストとコラボレートし、完璧なまでに仕立てのいいポップ・ミュージックをつくってきた。最新シングル「アタタカイ雨 feat. 田中拡邦(MAMALAID RAG)」も、コラボレーションというスタイルの面白さ、有効性を存分にアピールする。
「コードとリズムと自分の仮歌という状態の曲がたくさんあるなかから、ムードがリリースの時期に合うこの曲を選び、じゃあ誰に歌ってもらおうかということで、田中くんを思いついたんです。田中くんはソフトに歌っても、ちゃんと自己主張があるように聞こえるところがいい。作詞は、男の弱さとか、そういった部分をロマンチックに歌う作品をけっこう出されている(高橋)幸宏さんにお願いしました。いつもコラボレーションがうまくいっているとは思うんですけど、とくにバッチリだったと思いますね。今回の田中くん、幸宏さん、僕というのは」
ベテランのアーティストが歌詞を書き、若いアーティストが歌うスタイルは、吉田美奈子が作詞した前作「Like A Queen feat. SOULHEAD」と同様だ。
「幅広いジェネレーションがひとつのものを作っていくっていう図式が面白いかなと思って」
もっとも、冨田ラボの音楽を特徴づける要素として全作品に共通しているのは、ヴォーカリストの持ち味を引き出すアレンジや質感の極めて高い音づくりといえるだろう。
「アレンジは歌う人が決まってからします。そこがヴォーカリストと曲がぴったりだと思ってもらえる原因だと思いますよ。今回も、もともとはソウルっぽい感じだったんですけど、田中くんの“ラララ”(仮歌)を聴いて、ソフトロック寄りな感じにしてみました。1曲を仕上げるのにかける時間は、一日10時間として2週間ぐらいでしょうか。アイディアがあっという間にひらめくときもあれば、なかなか来ないときもある。なかなか来ないときはどういうときかを振り返ってみると、締めきりが先のときですね(笑)」
音符では表現できない音の質感を重視する冨田さんは、可能な限り、自分自身で演奏するようにしている。
「基本的にドラムは打ち込みで、鍵盤とギター類とベースは僕が弾いています。楽器を演奏するのが好きなんですよね」
音楽家の母のもと、幼少時より音楽教育を受け、ビートルズのファンになり、高校生のときはスティーリー・ダンがいちばん好きだった冨田さんが贈り物にしたい1曲として選んだのは、スティーリー・ダンの作品にも参加している名ギタリスト、ラリーカールトンの「American Family」だ。
「当時はギターを弾きまくっていないので拍子抜けしたんですけど、何年かして聴き直したら、歌ものとしてすごくいいなと思いました。歌が下手なんですけど、それがまた味という感じで。なんか知らないけど、木もれ日とか、何気ない日常の小さな幸せという感じがするの。そういう気持ちを共有して、平和な時間を過ごしたいと思っている相手に贈ります」
text by Akira Asaba
photo by Hiromichi Yamamoto
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