サンバ、ワルツから「地下鉄に乗っていたら頭の中に鳴ってきて」という人力ドラムンベースまで、サイゲンジさんの3作目のアルバム『イノセンシア』には多彩なリズムのオリジナル曲が収められている。素晴らしいのはどんなリズムを用いても、メロディにフックがあり、個性と美しさを感じさせることだ。
「メロディはやっぱり基本ですね。口ずさめて楽しいのがいいなあって」
音楽にひかれたのは9歳のとき。父が持っていたレコードでサイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んで行く」を聴いたのがきっかけだった。
「二人が歌い終わってからサビのメロディをケーナで吹くんですけど、全身がグッとくるほど、いたくやられてしまって、これやろうかなと思ったんです」
それからはケーナをはじめ、チャランゴやサンポーニャなど、フォルクローレの民族楽器を演奏するようになった。そして18歳のとき、ミルトン・ナシメントの音楽を聴いたことが契機となってブラジル音楽に接近。ギターにも本格的に取り組むようになる。
「洗練されているんだけど、ネイティヴなものに通じる感触を感じて、これはまたいい音楽だなあと」
アルバムの収録曲「azul azul verde azul」は20歳の頃に書いた作品。それまでの音楽的体験が凝縮されていて、哀感と熱情が交錯する。
一方で、ブラジル音楽やジャズの手法を用いつつ、ポップな感触の曲を作るのもサイゲンジさんの魅力。のびやかな3連のリズムに乗せて心地よい転調を繰り返す「雨の匂い」は典型だ。この曲は、雨が降ってアスファルトの歩道が薫ると遠い記憶が呼び覚まされる、といった内容の歌詞も印象に残る。
「おやじが航空会社に勤めていたんで、雨の多い沖縄や香港で暮らしていたことがあります。世間一般では梅雨の季節はやだなあって感じなんでしょうけど、5月くらいになると、なんかこういい季節になってきたなって。湿気の多いところが好きみたいです」
今回のレコーディングを振り返り、「自然な人間関係で作っているのは間違いありません」と話すサイゲンジさん。贈り物にしたい1曲として選んだのはエリス・レジーナがアントニオ・カルロス・ジョビンと共演した「Aguas De Marco」だ。
「最近、いいことがなくてギスギスしている人に。リラックス感がヴァイブレーションで伝わってくるような曲で、エリスとか途中で笑っちゃってる。ピースフルで、しかもアーティスティックだし、これを聴くと、ああ、なんかくだらないことで悩んでいるなとか思うんじゃないかな」
text by Akira Asaba
photo by Atsuko Takagi
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