ジャズ和声を生かした意外性のあるメロディに哀愁と爽やかさが同居する「ヒア・イズ・エヴリシング」。語りかけるようなAメロとフックの効いたサビの対比が鮮やかな「ネイチャー・ソング」。キアラ・シヴェロさんのデビュー作『ラスト・クォーター・ムーン』には琴線に触れるオリジナル曲が多く収められている。驚かされるのは本格的に曲作りを始めてまだ数年ということだ。
きっかけは幸運な出会いにあった。ローマに生まれ育ったシヴェロ(イタリア語の発音はチヴェッロに近い)さんは地元の高校に通いながら音楽学校でも学んだのち、渡米。ボストンにある名門バークリー音楽院の奨学生となっている。卒業後、移り住んだニューヨークでチャンスは訪れた。バンド仲間の友人がポール・サイモンと仕事をしたのが縁で、有力プロデューサー、ラス・タイトルマン(リッキー・リー・ジョーンズやエリック・クラプトンを手掛ける)と知り合ったのだ。完成していた数少ない自作曲のひとつ「パローリ・インセルチ」のデモを渡すと、翌日、電話がかかってくる。“ほかのことはすべて忘れて、曲を書くべきだ”と。
「シンガーとしてデビューするのが目標でしたが、ラスとの出会いで方向性が変わりました。偉大なソングライターと仕事をしてきた人だけに説得力があったのです」
タイトルマンの力の入れようは、バート・バカラックとシヴェロさんのコラボレーションを実現させたことにも表われている。
「ロサンゼルスにある彼(バカラック)の家で、私が用意していたメロディの小さなアイディアを曲にしていくというクリエイティヴなプロセスを体験しました。人生の中で最も重要な出来事のひとつです。“君は才能があるので、この先、音楽をやめることはないだろう”と励ましてくれました」
その曲「トラブル」は冬の日の陽だまりのように穏やかなワルツで、繰り返しを基調としたメロディにはシンプルな美しさがある。
涼風のようなスキャットが心地よい「サンバローマ」をはじめとして、アルバムにはブラジル音楽の要素が濃密なのも見逃せない。
「ブラジル音楽には恋してしまったという感じです。ハーモニーとメロディの関係性にひかれました。アントニオ・カルロス・ジョビンはクラシックの美しいところをポップに解釈して、クラシックとポピュラーの橋渡しをしています」
贈り物にしたい音楽もボサ・ノヴァを選んだ。
「ジョアン・ジルベルトのギターと歌だけによるソロ曲を、革命を必要としているすべての国の人に。なぜなら、革命とは静かに行われるものだから。アルバムは女性が唇に指を当てているジャケットのもの(『JOAO VOZ E VIOLAO/ジョアン 声とギター』)でも東京でのライヴでも、ソロ作ならどれでも。あえて1曲を選ぶことはしません。聴いた皆さんに選択してほしいのです」
text by Akira Asaba
photo by Atsuko Takagi
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