これまでにも映画音楽を取りあげたことはあった。しかし、基本的にはスペインのギター曲を演奏してきた村治佳織さんだけに、新作『トランスフォーメーション』の冒頭4曲がビートルズ作品なのには驚かされる。
「今回はクラシックを代表する作曲家である武満徹さんの音楽を入れたいという考えがあったんです。武満さんはコアなクラシックばかりでなく、映画音楽も書かれているし、ビートルズなどの編曲ものもあります。この3本柱をしっかりと1枚の中に収めたいというのがあって、それでビートルズを選びました。4曲すべてがポール・マッカートニーの作曲なんですけど、メロディラインが美しくて、武満さんらしい和声もよく使われている。楽譜を見て、これはポールさんと武満さんの音楽性がうまく混ざっていると感じたので、私はそれをうまく音に出したいという気持ちがありました」
楽曲と接する際、その手段を楽譜に限定しないのが村治さんらしいところだ。
「これを機にビートルズのDVDを観たり、CDを買ってきて歌詞を覚えて、たまには歌ったりとか(笑)、そうやって原曲の雰囲気を自分の中に入れました」
ジョン・レノンが最初の妻と離婚したとき、彼らの子を励ますためにポールが書いた「ヘイ・ジュード」。この曲のサビにおいて、村治さんは前半を温かく、後半をデリケートに表現している。楽譜に指示があるわけではない。
「変化をつけたくて、自分で決めたんです。子どもに対しての励ましですから、やさしさのある感じにしました。クラシックは楽譜に書いてあることだけしか弾かないと思われることが多くて、それは確かにそうなんですけど、でも、そのなかに自由に決められる部分というのはすごくあるんですよ」
その点、ギターは音の強弱や色彩感の幅が広く、自由に表現しやすい楽器といえる。
「そこがギターのいちばんいいところって、いつも答えています。すごく変化の出しやすい楽器だと思うんですよね」
そんなギターの特質を、卓越した技術で存分にアピールするのが「ヴェニスの謝肉祭による変奏曲」。村治さんが「猫の鳴き声のよう」と表現するユーモラスな音色や打楽器のように力強い響きは、9分近い演奏時間の作品に印象的なシーンを描いていく。
スティングのバンドでギターを弾いているドミニク・ミラーが参加し、武満作品「不良少年」やスティングの「フラジャイル」などをデュオで演奏しているのも話題だ。
「武満さんの曲を気に入ってくださいました。初めて知ったそうですけど、ジャズの雰囲気の和音はあるし、すごくいいと言って。文化交流ができました(笑)」
贈り物にしたい1曲としては、フランスに留学していた当時、よく聴いていたというタック&パティの「Learning how to fly」を選んでくれた。
「音楽好きの友人に、“これ聴いたことある?”って、ちょっと驚かせたいときにいいですね。歌とギターの新しいサウンドという感じで、音楽のもつ楽しさや刺激を感じてもらえます」
text by Akira Asaba
photo by Atsuko Takagi
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