「自己紹介になるものを出そうと思いました」
土岐麻子さんはソロ第1作『STANDARDS』の収録曲が「My Favorite Things」をはじめとする有名曲ばかりの理由をそう語る。
「シンバルズが解散してソロになり、最初からオリジナル曲をやるのもよかったんですけど、まず自分がどういうものを好きなのかっていうことを知ってもらうのもいいかなと」
80年代にヒットしたティアーズ・フォー・フィアーズの「Everybody Wants To Rule The World」も含めて、バックの演奏はすべて伝統的なジャズのスタイルにした。
「自分とジャズの組み合わせでやったら面白いんじゃないかなという確信がありました」
20歳を過ぎたころ、父親(サックス奏者の土岐英史さん)に勧められてチェット・ベイカーの『SINGS』を聴き、土岐さんはジャズが好きになった。そして次第に「自分ならこういう感じで歌いたい」と思うようになったのだという。
「スタンダードはもともとはミュージカル・ソングだったりするので、すごくいいメロディです。ジャズでは個性を出すためにフェイクして歌うことが多いのですが、あえて自分の得意とするストレートな唱法で、メロディの魅力を出してみたいと思ったんですよね」
試みは成功した。ジャズというと夜のイメージが強かったりするものだが、土岐さんが歌うと木陰でお茶を飲みながら、なんていうシーンも似合いそう。そよ風のように心地よく、軽やかな声で歌われるスタンダードは新鮮だ。
歌うことの楽しさが伝わってくるのもいい。アース・ウインド&ファイアーの「September」では間奏のローズ・ソロに合わせて、土岐さんが気持ちよさそうにハミングしている。
「(録音済みのバック・トラックを聴きながらの歌の)レコーディングのときに、あそこちょっと暇だったので、ノリノリで歌っていたら、エンジニアの方が録っていてくれて、これ面白いから入れようとか言って(笑)」
ジャズ作品にした理由はもうひとつある。
「つねづね、父親といっしょにアルバムを出せたらいいなと思っていたんですよ。手伝ってほしいと言ったら、最初は笑っていました。あんまり本気にしてなかったというか(笑)。ほんとにジャズやりたいの? みたいな感じでしたね」
一体感のある演奏を可能にする、気ごころの知れた実力派ミュージシャンを集めるなど、英史さんの力があってアルバムが快作に仕上がったのは間違いない。「The Good Life」などでのアルト・サックスのソロも、ジャズのスリルに満ちている。
土岐さんは贈り物にしたい1曲として、ナラ・レオンの「Corisco」を選んだ。
「自由にやっている力強さが溢れているので、なにかをスタートさせる人や、背中を押してもらいたい人に聴いてほしいなと思います」
text by Akira Asaba
photo by Atsuko Takagi
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