ゲーム会社で働きながらデモテープをつくっていた堀込高樹さんが、自分の曲をうまく歌ってくれる人を探したら身近に弟の泰行さんがいた。そんなふうにしてキリンジが結成されて7年が経つ。
「いいのはね、多分、ジャンルに関しての意見がずれていても構わないところです。ふつうはレゲエのグループはレゲエを、ラップのグループはラップをやると思うんですが、ソウルっぽいのもジャズっぽいのもカントリーもあるっていう感じになるのは、ジャンルとは別のところの音楽の倫理観が共通していて、楽曲さえよければいいという判断ができるからでしょうね」
兄弟でバンドを組むメリットについて高樹さんがそう説明するのを受けて、泰行さんも言う。
「音楽雑誌に僕がメンバー募集のハガキを送ろうとしても、書きにくいとは思うんですよね。いまキリンジがやっている要素を全部書いていったらハガキ1枚ですむわけないし、誰かが見たとして、散漫なやつだな、こいつはって思われるでしょう。そういった意味で、兄弟だからものすごく幅広い音楽性をもちながら作品をつくっていけるっていうのはあると思いますね」
事実、最新アルバム『For Beautiful Human Life』にもこれまでと同様、古今のさまざまな音楽的要素が混在している。精緻を極めながらもダイナミズムを重視する兄の作風がよくでた1曲目の「奴のシャツ」から、シンプルな親しみやすさのなかに、さりげなくヒネリ(変拍子)を効かせた弟の「カメレオンガール」に移る流れを聴くだけでも、キリンジの音楽の振幅の大きさが伝わることだろう。
「(作風が異なる二人の作品を)いっしょに並べたときの相性とか世界の広がり具合が面白いってのがあるんで、とくに今回は曲の並べ方を何回も考えましたね。で、最終的にこの形になったら、アルバムとしてすごいいいなという流れができたんですけど」(泰行さん)
高樹さんは「最近、ヴォーカリストとしての自意識が高くなっているのかなという気がします」と、泰行さんを評価。シンセとピアノのユニゾンによるイントロの美しいフレーズが曲のすばらしさを予感させる「愛のCoda」は、泰行さんの技巧的かつのびやかなヴォーカルによって、完璧な仕上がりになっている。
「前は、ちょっとためて、そこは3連でとか、わりと1回歌ってみせて、それを聴いてもらってという感じだったんですけど、いまはイメージを伝えると、“ああ”って言ってできてくる感じですね」(高樹さん)
贈り物にしたい1曲として泰行さんは迷わず、ハース・マルティネスの「Altogether Alone」を選んだ。
「UFOが出てきて、“これからおれはおまえの前に毎日出てやるから、おまえは孤独にならないですむぞ、退屈しないですむぞ”みたいな歌詞なんです。それがSFチックだけど、なんかすごくロマンチックっていうか。この秋、ちょっと寂しい人に贈ります」
高樹さんは長考の末、ビートルズの「I Will」に決めた。
「はじめは訳詞を見ても意味がさっぱりわからなかったのですが、これから出会う恋人にうたっている歌なんですよね。あ、そういう切り口があるんだって思ったことがあります。この秋、寂しく過ごすあなたに、ぐらいな感じでいいですか?(笑)」
text by Akira Asaba
photo by Atsuko Takagi
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