上から左から、
●アパルトマンに残された唯一の壁はこの2面。手前の一番大きい空間はおもに絵画のアトリエ、奥の部屋は陶器製作に。●土という素材が大好きというヴァレリー。製作した陶器にアルファベットを描いた作品。●インスピレーションを求めてたくさんの写真本を見る。●1つ1つが芸術作品のような帽子はヴァレリーの生活必需品。●手前にあるのはヴァレリーの手帳。この色づかいはさすがアーティスト。 |
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絵画と陶芸の2分野で創作活動をしているヴァレリーのアトリエはパリ11区にある。従来、このアトリエが入った建物には、多くの家具職人たちが作業場を構えていた。それはこの辺りが、18世紀頃から、家具屋やその修理、部品屋が軒を並べるサン・タントワーヌ通りに近く、アトリエを構える職人が多かったためである。
ヴァレリーがここに引っ越してきたのは28年前。その発端は、当時そこで働いていた6人の家具職人が、引退と同時にアトリエを譲渡するというニュースを偶然耳にしたことだった。さっそく入居候補者として申し出た彼女は運よく、そのうちの1つ、建物の2階にあったアトリエを射止めることができた。もともとアトリエとして使われていたため、86・のアパルトマンの窓と平行した部屋の間仕切りはすべて取り去られ(バス・ルームでさえも)、ひろびろとした空間になっている。実はこれ、アトリエの窓が中庭に面した側にあるため、採光量が少なくても、光を部屋の奥まで最大限取り入れられるようした工夫でもあったのだ。
壁にかけられた彼女の作品をながめていると、“アルファベット”をモチーフにした絵が多いことに気づく。聞くと、彼女は“文字”に惹かれ続けているのだという。そう、書き文字のことである。日本語、アラブ語、キリル語……文字は世界の国々の言語が成立する過程で生まれた、神秘的ともいえる発明品。ヨーロッパ語圏で生まれ育った彼女が丁寧に描く文字は、アルファベットのフランス語、あるいは英語だが、世界の文字の美しさこそ、彼女の創作インスピレーションだという。「私の作品を展示会に、と招待してくれる国々は、アジアやアラブ諸国と、不思議なことに“文字”に特徴がある国ばかり。日本はまだないけれど(笑)。お互いに文字の美しさに対する理解があるからに違いない」とヴァレリーは言う。
彼女の描く絵には比較的大きなサイズが多い。白いキャンバスの代わりに、彼女が自由に選んだ色の、いろいろな素材の布地に描く。しかも書道のように、床に布を広げて描くのが彼女流。 昔、長い間ダンスを習っていたので、この時に学んだリズム感や動きが、こうした一定の流れを表現する絵に生きている、ともいう。その創作時間の積み重ねのなかで、古い床板に飛び散ったままに残された、多彩な絵の具の色もまた味があっていい。
作業時間はとくに決めてはないが、展示会を間近に控えた時期は、寝食忘れて作品づくりに没頭する。「集中力が高まっている時には、2カ月で10枚の絵を描くことも可能かな」とヴァレリー。そんな忙しい時は、このアトリエの片隅にパーテーションで仕切った寝室で仮眠をとる。焼き物の窯を夜中に見張る必要がある時にもこの小さな寝間を使っている。
そういえば、ヴァレリーのトレード・マークは、彼女が頭につけたユニークなデザインの帽子。友人の帽子作家が創ったオリジナルな帽子をたくさん購入している。朝起きたら、ふわふわと浮いてまとまらない髪の毛をすぐに帽子のなかにまとめてしまう。「アイディアがすっきりとまとまるようによ」とヴァレリーは笑って話してくれた。
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ヴァレリー・レイモン=ステムポヴスカさん/Valerie RAYMOND-STEMPOWSKA
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TEXT:中平美紀 PHOTOS:Jacques Pepion |