続いて、江ノ島へ行く。ここのおみやげ屋さん巡りは、以前NHK教育テレビで放映され、水丸さんが小さな灯台のおみやげを紹介していた姿は記憶に新しい。その放映のなかで、おみやげ屋の並ぶ通りから横にそれる路地があり「こういうところから見える何気ない風景が好きなんですよ」と、語った。そこは、普通ならば気にもとめないような小道だった。その路地に入って、ちょっと歩くと小さな入り江に着いた。誰もいなくて、セクシーなフランス映画のような想像力がかき立てられる秘密めいたところだった。水丸さんに「いいですね」というと「いいよね」という返事だった。小さな灯台のおみやげものを見つける水丸さんのなかには(今回は、貝殻のフランス人形を気に入っていた)、大人の男と女の風景を見ている水丸さんもいると思えた。
ところで水丸さんは、画家アンリ・マチスのこんな言葉が好きだと言う。「芸術はつねに純粋で静かなものであり、魂をしずめるものでなければならぬ。私はつねに作品が春のような軽さと悦びを湛えて、そのために費やされた労苦の跡をとどめないようにと願っている」
僕たちは、江ノ島を歩いた後、由比ヶ浜のバー「ザ・バンク」へ立ち寄った。水丸さんは甘口のギムレットを頼み、葉巻を吸った。「ここのギムレットは本当においしいよ」と言い、話題は先ほど行った「大佛茶廊」の梅の話になった。「あそこの梅の実、梅干しにしたらちょうどいい大きさだったよ。僕はほら、梅干し自分で作るから……。庭に落ちていた梅の実、もったいなかったね」僕は笑ってしまった。昭和を代表する文豪の庭でも、こういうリラックスした発見と口調が、やはり遊び心に溢れる水丸さんらしいと思った。水丸さんのこの軽やかさと楽しさが、マチスの言葉と水丸さんの作品とを重ねるものでもあった。
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